テストあるき

2022/3/11晴れ 

地元である膳所の義仲寺から中山道てくてくあるきを

テストしてみた。

午後からだったので瀬田一里塚まで歩いて

瀬田駅よりJRで帰る。

街道より膳所駅から自宅までの帰りの急坂20分の方が

キツイくらい。

東へ向いて来週から本格的スタート。

西側の三条大橋から義仲寺は江戸から来る友人のために残しておく。


大津宿・草津宿・守山宿

 

 3/17(木)

 瀬田一里塚から草津宿そして栗東 

守山駅まで 24,505歩 

 このあたりまではまだいつも通ってる地元なので

 地図を見ないでスイスイ。

守山宿・(守山駅~篠原駅)

 

4/01(金) 

お天気は良かったが強風になやまされた1日

途中でマスクを片耳から外した瞬間に

  どこかへ飛んで行った。

守山駅から守山宿 旧中山道に入った   

いよいよ本格的に街道を歩きはじめたが

野洲がいつまでたっても終わらない。

横風強風を浴びながらJRにそって

まっすぐに歩き続けた。


延々農地と大工場の横ばかりで店が一軒もなく、

油断して何も食べ物を持っていなかったので篠原までであきらめる。

野洲駅と篠原駅があんなに離れているとは。

 

近江八幡近しと思ったのに・・・ 21,429歩

武佐宿・愛知川宿 (篠原駅~愛知川駅)

4/08(木)出発準備に手間取り膳所駅初10時14分前回の帰駅

篠原へ向かう。何も無い篠原駅(失礼)を出たのは11時前だった。

今日も快晴、風は無し。目標は一度も行った事がない「武佐」というところ。

 なんとなく街道を歩いてる実感が沸いて来る。

 満開の桜並木などを眺めつつカシャをしながらひたすら歩く。

ここからは距離感なども無く手探り足さぐり  

 (時々グーグルマップ)でひたすら歩く。

 一目で旧街道とわかる道筋が延々と続く。

 らしくなって来たぞ、と思いながら・・・

 13時半ごろに武佐駅(近江鉄道八日市線)に着いた。

 ガチャコンのMOVIEなどを撮りながら休憩。

 この辺で昼をと思ったが・・・武佐駅周辺はもちろん、

 飲食店、コンビニなどは見あたら無い。先週に続き

 食料補給?の見通しの甘さに笑うしかない。

 空腹のままひたすら旧中山道らしい路が続く。

 新幹線をくぐったり、8号線に合流するうちに五箇荘

 てんびんの里に出た。15時30分やっと昼食に。

 近江ちゃんぽんの美味しかったこと。

 

 

16時になってしまったので今日はどこからJRに乗れるか    と思いMAPを開きながら歩き始めた。8号線を離れて旧道  を見つけ30分で愛知川大橋を渡れた。  16:29 ここから完全な勘違いが始まった。「JR 愛知川駅」で  検索して愛知川駅を探してまた1時間も必死で歩いた。  17:19 駅についた。アレ?ここは近江鉄道だ(まだ気づいていないのだ) もう駅員もいなかった。売店を閉めていたおばちゃん に聞いた。JRの愛知川駅はどこですか?  「JRの愛知川駅。そんなんありませんよ!!」  近江八幡へ行く電車は40分後です。能登川駅までバスに乗る方が早いです。  滋賀県人にあるまじき笑うべき凡ミスを親切丁寧なおばちゃんが救ってくれた。                                    18:09          JR能登川駅にバス到着。                                  18時16分発のJR網干行きで大津に戻る   32,858歩    20.8Km                                  

4/23(土) 愛知川宿・高宮宿(愛知川駅~彦根駅

 

桜が散ったころの天候や諸々の事情から1週間遅れの中山道歩きとなった。

猛暑になるまでに進んでおきたいと思っているが、予定どおりにはいかない。

初めて土曜日早朝スタートとなった。

前回凡ミスから近江鉄道愛知川ゴールとなっので、

朝7時起き(私にしては異例に早いのです)JRとバス乗り継ぎで愛知川宿に着いた。

8時40分だった。 前回おばちゃんにお世話になった愛知川駅  

売店で朝食の買い物のつもりであったが、何と未だ開いていないではないか?

乗客も誰もいない?

(この後3時間も朝食にありつけなかったのだ)

いつもより朝のスタートを早くしたので愛知川から鳥居本か米原まで行けるかもと

 快調に歩き出す。

愛知川辺りの旧中山道は今は街道筋というより生活道路として交通量は結構多い。

迷うことなくテンポを上げて歩ける路であった。

 

 

土曜日で季節もよく街道歩きの人が多いだろうと思っていたが、 

本当に人に逢うことが少ない。むしろビワイチ?サイクリングの方が多いと

「ビワイチ先駆者」としては嬉しい限り。やがて宇曽川が見えてくる。

以前からその名前の由来が気になっていた川である。

 ちなみに今朝スタートしたのは能登川駅だった。

前から能登川という川はどこ あるんだろうと思っていたが、

そんな川は無いそうである。 だから「うそ川」なのか?? 

宇曽川にかかる歌詰橋を渡ると豊郷町へさしかかる。 

街並みにもなんとなく豪商の影響がそこここに見えて来る。

江州音頭のさと「とよさとへおこしやす」の看板 

そしてこれも地元?の飛び出し坊やの姿が増えてくる。 

ひとむかし前全国ネットで騒がれた豊郷小学校前も通過

(今の校舎は3代目で旧校舎は保存され一般公開されているらしい。)

それにしても当時問題を引き起こした大野和三郎町長はその後県議となり、

つい最近も自民党から離脱勧告されたとかで久しぶりに話題になっていた。

街道を彦根方面に急ぎ民家が少なくなって来ると街道の両側に

風格のある大木が並んでいる。思わず私も土手に腰をおろして休憩し、

いにしえの旅人気分を少し味わった。

 

ほどなく、犬上川にさしかかり無賃橋を渡る。いいいよ中山道高宮宿に入った。

旧街道の街並みが長く続くが彦根市に入っているので出逢う人も車も増えて来た。

ここまで12.5Km 20,800歩 歩行速度 5.5km/h 真っ直ぐに歩いて来たので快調

11時前には高宮駅近くで朝食兼昼食をゆっくりと。

 急に現れたオシャレなビリオン珈琲というカフェで。

お昼すぎに高宮を出た。今日はこの分だと米原まで行けるかな、

と言う感じだったのにまたまたミスをしてしまった。

佐和山城への路を越えようとした時に急に曇り空が暗くなって来た。

次の鳥居宿まで距離はかなりあると勘違いして雨のなかを山道を歩くより

8号線の歩道を歩こうと思い街の方へ下りてしまった。

30分くらい歩いたが8号線の歩道は途切れていた

彦根の街なかまで来てJR彦根駅に出て来たので、

雨もようの中で米原まで歩く気力はなくなってしまった。

そうだ今日はあきらめて、次は彦根駅スタートにしよう。となった。

                                                                       15km   24,733歩


4/28(木)鳥居本宿・番場宿・醒ケ井宿 

      (彦根駅~醒ケ井駅)

 先週は米原までめざしていたのにJR彦根駅で終わった。

一週間今日は8時半に彦根駅東口をスタート  

彦根インターの方に戻ってのスタート。  

 何故ここで真っすぐ進まずに街の方に下りてしまったのか?という原町中山道の石標地点まで戻る。

このあとしばらく旧道は新幹線と名神高速の間に挟まれていた

こうして歩いていると、新幹線の上下の本数の多さに改めて驚く。

いったい何分いや何秒?間隔で走っているのだろうか。大丈夫?と思ってしまう。

初めて乗った高校生の頃は最高時速160キロだったが、 今は300キロ越え?

 街道歩きはのどかな畑の間を進んでゆくと地図には 「そば処百百百百(どどもも)の看板があった。残念ながらお休み。。。

 

そのアト 江戸へ百八十里・京へ十八里という比較的新しい石塔が見えた。

 という事は歩きはじめて「お江戸へ十分の一」しか近づいていないと言うことだ。

そこから少し歩くと鳥居本駅が見えた。近江鉄道の駅。やはり駅員も人もいない。

クラシカルそのものの駅舎の中でぽつんとひとり本日初めての休憩。

鳥居本宿もなかなか良い雰囲気の街道筋だった。

赤玉神教丸の店がちょうど曲がり角のところに今も開いていた。

参勤交代の大名や旅人の道中薬として売り出され、十返舎一九の「道中膝栗毛」に  

「もろもろの病いの毒を消すとかや この赤玉も「珊瑚朱の色」などと詠まれています。 

 参勤交代の旅などの時買い求められたとか。

 やがて彦根市に入る時にあった「またおいでやす」の石塔が見えて来た。 例のエレベーター会社の新しい塔(滋賀県最高の塔?)も一緒に見えて来た。

少し行くと右中山道左北国道の石塔。そしてもうしばらく行くと摺針峠に残る

中山道の旧道擂鉢峠への道標が見える。京都から大津への小関越え以来峠道は無かったがここは歴史ある峠道に入る。

現在は車道になっているが、本当の旧道は山道を行ったらしい。

特に最後は名神米原トンネルのすぐ上を歩くようになっていて、大型トラックが

高速で行き交う横を通ってひたすら歩く。

下り切ると、のどかで美しい番場宿になるのだが、今度は時速300キロが

シュンシュンシュンと反対側を飛んで行く音。これが現世の旧中山道なのだ。

少し8号線を歩くところもあったが、しばらくすると路の横をきれいな小川が流れ ていた。

醒ケ井の里が近づいて来たと感じた。

いつの間にか米原駅近くを通り越していたので、

早めに今日はJR醒ケ井駅から帰ることとする。

  13時過ぎであった。次回はいよいよ関ケ原越えか? 

 

                                                                                    16.4km 27,619歩 


2022/05/06(金) 柏原宿・今須宿・関ケ原宿

         (醒ケ井駅~関ケ原駅)

 

朝一番、起点の膳所駅に着いた途端、後ろポケットに携帯が無いのに気づいた。

 

てくてく歩きも6回目。今日からはいよいよ岐阜県入りと思って前夜に完璧な準備

 

をしたつもりだったが、必須のケイタイ電話を忘れた。人生初かもしれない。

 

電話を車で持って来てもらったためスタートが遅れJR醒ケ井駅まで各駅停車で。

 

 

 

9時30分のスタートとなった。ゴールデンウイークの中の平日だったので通勤

 

通学の人がほとんど。醒ケ井宿は駅近くから始まる。

 

人気の観光地であるが、早朝なのでまだ居醒の里の人通りは殆どない。

 

この時間では醒ケ井駅で降りる人は殆ど居なかった

 

朝しばらくは清流流れる自然豊かな宿場が続いているが、やがて醒ケ井宿を過ぎると

 

旧道は東に大きくカーブして高速道路や8号線と同じ方向に進む。

 

しばらくは8号線の側道が続くが幅のある歩道は整備されていて安心して脇を歩く。

 

少し判りにくいが8号線から離れて旧道が見えたのでそちらへ渡る。

 

ここからは関ケ原に向けて左に時折伊吹などを見ながらいくつかの宿場を越える。

 

豊かな農村風景と並木が旧街道を楽しませてくれる。

 

江戸から60番目の宿である柏原宿は1.5キロもの長さがある近江最大の宿。

 

建久元年(1190年)源頼朝が初上洛の際に泊まったとか、皇女和宮通行の際には本陣が

 

建て直されたとか、ものの本には書かれている。 今も賑わいが想像出来る街が続く。

 

寝物語という場所もあった。美濃と近江の国境が細い溝で分れている場所だが、

 

なぜ寝物語かはググって欲しい。

 

「ここは中山道 間の宿」という高札もあった。峠とか長い距離の間にある茶店跡。

 

今で言うサービスエリア、ドライブインみたいなものか。

 

JR関ケ原駅に2時前に到着。この記録を見てアトで気づいたのだが、

 

「天下分け目茶屋の関ケ原サンドイッチ」食べそこなった。                                                              

 

                          12.7km  21,056歩